大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

千葉地方裁判所 平成5年(わ)1197号 判決

主文

被告人を懲役四年に処する。

未決勾留日数中二四〇日を右刑に算入する。

押収してあるコカイン五袋(平成五年押第二五九号の1ないし5)を没収する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(被告人の地位及び共犯者らとの関係)

被告人は、昭和四〇年四月に東京都文京区《番地略》所在(登記簿上の本店所在地は同都千代田区《番地略》)株式会社角川書店に入社し、出版部課長を経て、昭和五〇年一〇月、同社の代表取締役に就任し、同社の経理、出納その他業務全般を統括し、同社の資金を保管する業務に従事していた者であるが、昭和五九年ころから、B子と親密な関係となり、東京都渋谷区内のB子の居住するマンションで同居していたものである。Cは、昭和四五年四月、角川書店にカメラマンとして入社し、次第に被告人の信用を得て、同社での本来の職務に携わるほか、被告人の側近として活動していたものである。

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  みだりに麻薬を輸入しようと企て、右C及び右B子と共謀の上、Cにおいて、麻薬であるコカイン塩酸塩合計七八・六九グラム(平成五年押第二五九号の1ないし5はその鑑定後の残量)を同人のカメラバッグ内に隠匿携帯した上、平成五年七月八日(現地時間)、アメリカ合衆国ロサンゼルス国際空港において、全日本空輸第〇〇五便に搭乗し、同月九日午後四時四〇分ころ(日本時間)、千葉県成田市所在の新東京国際空港に到着し、右麻薬を隠匿携帯したまま同航空機から降り立って本邦内に持ち込み、もって麻薬を輸入するとともに、同空港トイレ内において、右麻薬であるコカインを入れたビニール袋を同人の下腿部に粘着テープで巻き付けて隠匿し、同日午後五時一〇分ころ、同空港内第二旅客ターミナルビル東京税関成田税関支署旅具検査場において、携帯品検査を受けるに際し、右のとおり麻薬を隠匿携帯しているにもかかわらず、同支署税関職員に対し、その事実を秘して申告せず、もって輸入禁制品に当たる貨物である麻薬を輸入しようとしたが、同支署税関職員に発見されたため、その目的を遂げなかった

第二  前記Cと共謀の上、昭和六二年三月一八日ころから平成四年一一月二五日ころまでの間、前後三〇回にわたり、株式会社角川書店の資金を自己及びB子が使用するためのコカイン等の薬物購入代金に充てるため、ほしいままに、自己が業務上保管中の右会社資金の中から合計三一〇四万二六一〇円を、同社経理課員らを介して、同社の取引銀行である東京都新宿区《番地略》所在の株式会社協和銀行(現株式会社あさひ銀行)神楽坂支店(以下、「協和・神楽坂」という。)、又は、同区《番地略》所在の株式会社第一勧業銀行飯田橋支店(以下、「一勧・飯田橋」という。)から、別紙(一)犯罪事実一覧表記載のとおり、アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス市《番地略》所在のユニオン銀行(昭和六三年一一月一日以前の名称はカリフォルニア・ファースト銀行)リトルトウキョウ支店のD名義(平成三年一〇月三一日以降はDとE子との共同名義)の預金口座に宛て送金させ、前記一覧表「D口座への入金日」欄記載の日時ころ、同口座にこれを入金させて横領したものである。

(証拠の標目)《略》

(争点に対する判断)

第一  争点

一  弁護人らは、要旨次のとおりの主張をし、被告人もこれに沿う供述をしている。

1 麻薬及び向精神薬取締法違反、関税法違反の公訴事実(以下「本件密輸入事件」という。)について、被告人は、Cとコカインの密輸入につき共謀したことはないのみならず、Cによる本件コカインの密輸入行為にはいかなる点においても関与した事実はないので、無罪である。

2 業務上横領の各公訴事実(以下「本件各業務上横領事件」という。)については、以下の理由により、被告人は、無罪である。

(一) 株式会社角川書店(以下「角川書店」という。)における金銭の出納、保管及び管理等を掌握し、その決裁権限を有していたのは、経理部門の責任者であった被告人の実弟のFである。被告人が、同社資金全般について業務上これを占有していた事実はない。

(二) 別紙(一)犯罪事実一覧表記載のとおりの角川書店からD名義の預金口座への各送金は、同社の業務の一つであった映画制作事業に資するため、Cを介して、Dからアメリカ合衆国における映画産業の拠点であるカリフォルニア州ハリウッドの最新の映画、音楽情報等を入手していたことに対する報酬の支払いとしてなされたものである。コカイン等違法薬物を購入するためになされたものではない。また、仮に、右各送金が被告人の個人的な目的のために行われたとしても、被告人は、角川書店に対し、右送金総額をはるかに上回る金銭債権を有するとともに多大の貢献をしており、それら金銭債権と同社に対する被告人の金銭債務をいつでも相殺できる状態にあった。被告人には、右各送金について、不法領得の意思はなかった。

二  本件密輸入事件について、Cが麻薬であるコカイン塩酸塩合計七八・六九グラム(平成五年押第二五九号の1ないし5はその鑑定後の残量)を、罪となるべき事実第一記載のとおりの態様で、本邦内に持ち込むとともに、税関を通過しようとしたが、税関職員に発見されたこと、本件各業務上横領事件について、角川書店の資金が、別紙(一)犯罪事実一覧表記載のとおり、アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス市在住のDのカリフォルニア・ファースト銀行リトルトウキョウ支店(昭和六三年一一月一日以降はユニオン銀行リトルトウキョウ支店)の同人名義(平成三年一〇月三一日以降は同人とE子との共同名義)の預金口座に、Dに対する支払いのため各送金(以下「本件各送金」という。)されたことは、関係各証拠上明らかであり、被告人及び弁護人らもこれを争っていない。

そこで、被告人について、右コカインの密輸入及び本件各送金について、その罪責を問いうるか否かを、弁護人らの右各主張に沿って順次検討する。

第二  証拠上認められる事実

一  証拠の標目掲記の関係各証拠によれば、次の事実を認めることができる。

1 被告人の角川書店における地位、活動状況、C及びB子との関係等

(一) 被告人は、昭和四〇年四月に父Gが代表取締役を務めていた角川書店に入社して出版部課長となり、父Gが亡くなった後の昭和五〇年一〇月同社の代表取締役に就任したが、このころ実弟のFが専務取締役に就任し、被告人が主として営業、企画部門を、Fが経理、管理部門をそれぞれ担当することになった。被告人は、代表取締役就任以後、書籍出版、販売等の業務に加え、文化の媒体に広く係わる事業を行うため、昭和五一年一月に映画及びレコード制作を目的とする株式会社A事務所を設立し、同年九月ころに映画を制作配給したのを皮切りに、書籍、音楽、映画の三つの媒体を結びつけた営業戦略で業績を伸ばし、角川書店を出版業界における売上げ高で上位に位置するまでに発展させ、平成五年まで同様の営業を展開していた。なお、Fは、平成四年九月、被告人との意見の対立等により、角川書店の右役職を辞任した。

また、被告人は、右の事業活動と並行して、昭和四七年ころから、サハラ砂漠縦断、シルクロード走破、タイ、ビルマ、ラオス国境地帯における調査取材等を敢行し、昭和五〇年ころからは「野性号[1]世」と称する古代の復元船で大韓民国の仁川から福岡県の博多まで邪馬台国の起源に迫る航海を行い、さらに昭和五二年には、「野性号[2]世」と称する同様の船で、フィリピンから鹿児島まで黒潮に乗る航海を行い、さらに昭和五五年には「野性号[3]世」と称する船での航海を行うなどし、さらに平成三年七月から翌四年四月までは、コロンブスのアメリカ大陸発見五〇〇年を記念したサンタマリア号の記念航海を企画実行している。

(二) Cは、昭和四五年四月、角川書店に入社し、カメラマンとして稼働していたが、前記「野性号[1]世」の航海に被告人と同船したことが縁で、被告人の信頼を得るようになり、「野性号[2]世」の航海にも同伴して一層の信頼を得るとともに、次第に親交を深め、以後、被告人の企画、実施する事業ないし活動のため国内外の出張旅行等に同行して、撮影業務のほか、被告人の意向を受けて諸事一般を行う側近として活動するようになった。

被告人は、昭和五八年から平成五年にかけて、合計六〇回を超える海外旅行をしたが、そのうち昭和五八年から平成四年までの合計三〇回余りは、Cと同日付で往路、復路とも出国、入国している。

(三) 被告人は、昭和四〇年四月に婚姻していたところ、昭和五九年ころから、B子と親密な関係となり、同人の居住する東京都渋谷区《番地略》甲野プラザ六〇三号(以下「恵比寿のマンション」あるいは「B子宅」という。)で同居するようになり、妻子のいる同区上原の自宅には月に一、二度帰宅する程度で、その企画事業、私的な旅行のための国内外の旅行にもB子を同伴することが多く、被告人の海外渡航中、昭和五八年から平成四年までの合計五〇回近くの渡航については、B子と同日付けで往路、復路とも出国、入国している。

そして、Cは、毎年正月には、恵比寿のマンションへ被告人を訪問し、新年会に参加するとともに、被告人の出張に同行して、打ち上げ等のため飲酒などした際には、被告人の部屋などで、被告人及びB子とともに夜遅くまで歓談することがあり、その交際、知己の程度は、会社業務の範囲を超えて私的な面に及ぶ親密なものであった。

2 C及びB子の生活状況及び海外渡航状況等

(一) Cは、昭和四七年ころ婚姻し、二人の子をもうけたが、その後昭和五四年ころ、H子と知り合い、三人の子をもうけ、平成元年少し前ころからは、埼玉県八潮市所在のH子方で同居を始めた。

Cは、角川書店に入社して以降、角川書店関係での収入は、月平均五〇万円位あったものの、給料は全て、妻の方に振り込んでおり、H子方の生活費は、月二〇万円程度必要だったが、給料以外の収入を写真パネル作りなどのアルバイトをして月一〇万円程度稼ぎ、さらに、出張の際の仮払いを生活費に充てるなどしていた。

(二) Cは、角川書店に入社したのち、東京都文京区《番地略》所在の本郷網ビル一階角川書店株式会社総務部写真室に勤務し、その後平成四年一〇月ころからは、東京都千代田区《番地略》所在のアスカビル二階角川文化振興財団写真資料室(以下「財団資料室」という。)に勤務するようになった。

そして、Cは、昭和六〇年以前から、自己の業務記録、予定、備忘等の記載のため、右勤務先の事務机に卓上カレンダーを備え付けて右諸事項をかなり克明に記入するようになり、記入済みの各年度分の卓上カレンダーは、右勤務先の財団資料室内にまとめて保管していた。

(三) Cの海外渡航は、昭和五八年から平成五年にかけて合計九〇回を超えるものであり、右海外渡航のうち別紙(二)海外出張一覧表記載の三〇回は、角川書店の社員としてその業務のためにする名目で各海外出張(以下「本件各海外出張」という。)したものであり、本件各送金は、いずれも本件各海外出張に対応して角川書店から出金されたものである。そして、本件各海外出張からの帰国後の行動について、右卓上カレンダーには、同海外出張一覧表の「卓上カレンダーの記載」欄のとおり、同帰国直後ころに、社長宅(恵比寿のマンション)ないし社長室に赴いた旨等の記載が存するものである。

Cは、本件各海外出張に赴く際、その航空券、宿泊場所、交通手段等の手配を角川書店の系列会社である株式会社アスカエージェンシー(通称「角川アスカツアー」、以下「アスカツアー」という。)に電話により依頼し、アスカツアーはこれを受けると直ちに右航空券等の手配をし、それらの費用の決済は、アスカツアーから角川書店に請求書を送付する方法によりなされ、角川書店では、請求を受けた場合、Cの出張申請書の添付や確認文書の提出を求めるといった手続きを経ることはなく、会社の業務と判断して、支払ってきた。

(四) B子の生活状況及び海外渡航状況等は、前記1(三)のとおりである。そして、Cが平成五年七月に逮捕された際所持していた住所録(甲二二六、符一一八)には、「B子 《番号略》」という記載が存し、Cは、ロサンゼルスに出張した際、その宿泊先ホテルから、昭和六二年一二月二三日午後八時三六分(別紙(二)海外出張一覧表六関係)、昭和六三年六月二六日午後七時二四分(同表九関係)、平成四年一一月二八日午後九時三一分(同表三〇関係)(いずれも現地時間)に、それぞれB子宅に、国際電話をかけている。

3 角川書店における海外出張等の取扱い及びCの海外出張等の取扱いの実状

(一) 角川書店の海外出張及び海外送金の取扱い等

海外出張に関しては、部長会で、社長、専務の決裁を経ることとされており、通常、海外出張計画書に、当該社員の直属の課長、次長、部長等の上司の承認印を得て、社長、専務にこれを提出して右決裁を得た後、出張申請書が上司に提出される取扱いとなっていた。同出張旅費の支出は、右海外出張計画書の決裁を受けて承認されたこととされ、各部、課の責任者に提出された右出張申請書が、さらに総務課、経理課へと回って出張旅費概算書が作成され、同概算書が出納係へ回され、振替伝票あるいは出金伝票が作成されて、出金されていた。

海外送金については、経理上の規定はなく、大きな企画や行事等による多額の送金の場合は、まず稟議書が作成され、該当部署の課長、次長、部長から総務部を通して、常務、専務、副社長、社長と決裁を経ることとされていたが、同決裁を要する金額については明確な基準はなかった。決裁がされれば、海外送金の担当者は、銀行の仕向送金依頼書に記入し、これに基づき銀行で処理、送金された。社長、専務が多忙のため、両者の決裁を得るのが難しく、いずれか一方の決裁があれば、これにより処理していた。

(二) Cの本件各海外出張、本件各送金の取扱いの状況等

Cは、本件各海外出張、本件各送金について、右海外出張計画書、出張申請書及び出金伝票等を自ら作成ないし起票し、担当係に提出していたところ、それら書類の「出張目的」ないし「摘要」欄には、いずれも「ロサンゼルス内、Dとそのプロダクションに対し、出版、映画、音楽、マスコミ全般にわたる情報収集のための資金等とする」、「ロサンゼルス、ナカシマエンタープライズD氏より、マスコミ、マスメディア関係の情報、資料等を受取る」等のDからの情報収集を目的とする趣旨を記載していた。

Cの本件各海外出張、本件各送金の取扱いの実情は、次のとおりであり、(一)に記載した角川書店の他の社員の海外出張や会社資金の海外送金の取扱いとは異なるものとなっている。

(1) 出張計画書

出張計画書については、本件各海外出張のうち、別紙(二)海外出張一覧表一ないし一三、同三〇の各分は、証拠として存しないものの、それ以外の一六回分が存し、それらすべてに被告人の印章による「角川」の印影が存し、このうち、同表一四、二二、二七、二九関係の四出張計画書には、Cと被告人の印影のみが存するものであり、右課長等上司の承認を受けた形跡は見られない。

(2) 出張申請書

出張申請書については、本件各海外出張のうち、右同表九の分は証拠として存しないものの、その余の二九回分は存し、それらのうち、同表一〇、一一の各分には、「角川」の印影が存せず(いずれにも総務部長のサインが認められる)、それ以外の二七回分については前記のとおりの「角川」の印影が存し、このうち、同表一四、二七、二九関係の三出張申請書には、Cと被告人の印影のみが存するものであり、右課長等上司の承認を受けた形跡は見られない。

(3) 出金伝票

出金伝票については、本件各送金分に対応するものが存し、平成元年一二月八日付出金伝票(甲六二、符二六)を除き、前記のとおりの「角川」の印影が存し、このうち、右同表八、一一、一四、一五、一九、二二関係の六出金伝票には、Cと被告人の印影のみが存するものである。

4 本件密輸入行為前及び同行為発覚時の被告人及びCの状況等

(一) 角川書店総務部総務課で社長秘書をしていたIは、平成五年六月三〇日、社長である被告人の当日夜の予定である「蛇笏賞迢空賞贈呈式パーティー」出席がキャンセルとなったため、被告人から、右パーティーにカメラマンとして出席する予定であったCを呼んでくれと言われて、Cに連絡した。そこで、Cは、同日社長室に赴き、同室内において、被告人と面談した。

(二) 角川書店経理部で出納業務を担当していたJ子は、同年七月二日、その前日に経理部に提出された被告人作成の同年六月三〇日付けの被告人の出張申請書に基づき、二〇〇万円を出金し、これを角川書店経理部と表記された白い封筒に入れ、同封筒右下部分に「¥2,000,000」と記載して、社長秘書の右Iに渡した。

右Iは、出張旅費概算書に領収のサインをし、右二〇〇万円入りの封筒を受け取った上、同年七月二日のうちに、現金が入ったまま右封筒を被告人に渡し、被告人は、同日、右受領現金の内金を、社長室を訪れたCに渡した。

(三) Cは、同年七月六日のロサンゼルス出張に先立ち、同日昼ころ亀有信用金庫三郷支店において、五〇万円を四四五六ドルに、同日午後四時三三分ころ、株式会社東海銀行東京営業部成田出張所において、六〇万円を五三四七ドルに、それぞれ換金した。

(四) Cは、同月六日、ロサンゼルスに向けて日本を出国したが、ロサンゼルス国際空港到着後の入国検査時に、カメラバッグの底の方に所持していたコカインの付着したスパイスミルと小びん一個を発見され、罰金五〇〇ドルを支払うとともに同スパイスミル等を没収された。

(五) Cは、その後、ロサンゼルス市内のD方を訪問し、コカインを入手し、同月九日帰国し、新東京国際空港において税関検査を受けたところ、コカインを発見され、本件密輸入行為により現行犯逮捕された。その際、Cは、ビデオテープ五巻(甲一二七、符九一)、一万円札一三枚及び一八米ドルの入った角川書店名入りの白封筒や空封筒等を所持していたが、それらの封筒等の中には、被告人が前記のとおりIを通じてJ子から受領した二〇〇万円の出張旅費が入っていた角川書店経理部の白色封筒もあった。また、Cは、右逮捕時に、一万円の新紙幣三八枚を所持していたところ、同紙幣については三三枚及び五枚が番号の連続(ただし、五枚中の途中一番号は欠番)したものであった。

5 Dの身上、Cとのコカイン等の取引状況に関する供述等

Dは、平成五年九月一〇日(現地時間)、アメリカ合衆国内において、同国における所定の手続により公証人の面前で、本件に関連する事項について供述書(甲一七〇、以下「D宣誓供述書」という。)を作成し、また、平成七年四月二二日(現地時間)、同国において、本件に関連する事項につき別件刑事事件担当の弁護人である弁護士らに問われて、供述書(弁一六はその写しである。)を作成しているところ、それらの供述内容について共通する部分は、概ね以下のとおりである。

(一) ロサンゼルスで、テレビ、ラジオのコマーシャルソングの作曲や、音楽のコーディネイトの仕事を個人で行っており、ナカシマ・エンタープライズという名称を使用したことはなく、またナカシマ・エンタープライズといった会社または事業とは関係がない。

被告人とは会ったことはなく、電話連絡等もしたことはない。

C、被告人及び角川書店の関係者に、映画などの情報提供を依頼されたことはなく、また、いかなる形態のコンサルタント契約も、角川書店、カドカワ・プロダクション・US、角川ディストリビューションとの間で結んだことはない。

Cと知り合ったのは、一〇年くらい前(昭和五八年ころ)のロサンゼルスで開かれたパーティーの席だったように思うが、知り合ってすぐに名刺をもらい、Cが角川書店に勤めていることを知った。その後直ぐにCから「コカインを手に入れたい。」と尋ねてきた。

(二) 最初、Cと知り合ったころは、少量のコカインを、現金一〇〇〇ドルくらいで譲っていたが、そのうち、五、六年前から、Cの手配で、一〇〇万円前後の日本円に相当するドルが自分の口座に送金されるようになった。Cから「口座に振り込んでもいいかい。番号を教えて。」と言われて送金が始まり、それ以来数十回にわたって、送金を受けている。また、送金が始まったころから、Cが要求するコカイン量も増えた。

これらの送金は、自分個人に宛てたものであり、コカインと大麻の代金である。角川書店などとは、仕事の関係はないので、その報酬ということはない。

Cが、コカインを買いにロサンゼルスに来るときは、前もって自宅にそういう意味の電話があり、その後、自分の口座に送金があった。ほとんどいつも、前もって送金があり、それでコカインを入手して、Cに渡していた。余ったお金は、五〇〇ドルくらいは手数料としてもらい、残りはプールしておいて、次回に回していたり、Cに渡すこともあった。Cが、ロサンゼルスに来たときに送金が届いていないこともあり、そういう時にプールした金があればそれで入手していた。Cは、コカインやマリファナを吸い、一緒に吸ったこともある。角川書店関係者に、コカインやマリファナを渡したことはない。

平成五年の二月ころも、現金九〇〇〇ドルくらいを受け取って、Cにコカインと大麻を渡したことがある。

(三) 平成五年の七月初めに、Cがロサンゼルスにやって来たので、三オンスくらいのコカインを渡した。その際も、これまでのコカイン取引と同様に、ロサンゼルスにやって来る前に、自宅に電話があった。留守だったため、留守番電話のテープに、「Cです。また電話します。」とメッセージが入っており、その後、Cと直接話したところ、Cは、「また、近いうちに行きます。どうにかならない。できるだけ。」と言ってきたが、これは要するに、コカインをできるだけ沢山入手したいので、宜しく頼むという意味である。そして、コカインは、同年七月七日の夜、Cが自宅に来たときに渡している。

コカインの代金は、五四〇〇ドルだったと思うが、次回またコカインを手に入れるための資金として預かった一一〇〇ドルと、私自身の手数料としてのものなどの五〇〇ドルくらいを併せて、Cから受け取った金額は、七〇〇〇ドルくらいになると思う。

6 B子宅における押収物

二回にわたるB子宅の捜索差押により次のような証拠物が発見押収された。

(一) Cを被疑者とする捜索差押許可状により平成五年八月一一日B子宅の捜索がなされたところ、寝室クローゼット内の黄色いバッグから大麻草(甲一〇四ないし一〇九、符七九ないし八四)が発見され、それによりB子が現行犯逮捕された際になされた捜索により、居間テーブル脇の盆の上の小箱から、白色粉末が付着したストロー(甲一一二、符八五)が発見され、右ストローに付着した白色粉末から鑑定の結果コカインが検出された。

(二) 被告人、C及びB子を被疑者とする捜索差押許可状により同年九月四日午前一〇時からB子宅の捜索がなされたところ、洗面所北側洗面台の棚の小引出し中から、粗挽きの結晶粉末等を細かい粉末にする器具であるスパイスミル(グラインダー)一個(甲一一六、符八六)、居間の手提げバッグ内から、内容物を抽出吸引できる器具が付いた赤いキャップの茶色小びん一本(甲一一七、符八七)が、それぞれ発見され、右スパイスミル内及び茶色小びん内の各付着物は、鑑定の結果、塩酸コカインと認められている。また、右洗面台の小引出し中には、右スパイスミルとともに男性用替刃式剃刀、男性用シェイビングフォームが存していた。

(三) 前記九月四日におけるB子宅内の捜索の際多数のビデオテープが発見押収されたところ、それらビデオテープのうち別紙(三)ビデオテープ対照表に記載のものは、Cがロサンゼルスで購入し、その際受領し保管していた各領収書に記載のビデオテープと、同一題名、同一種類のものであった。

7 被告人及びB子の各毛髪鑑定

被告人及びB子の各毛髪鑑定の経過及び結果は、次のとおりである。

(一) 被告人毛髪中のコカイン等の存在

科学警察研究所警察庁技官K子外二名共同作成の鑑定書(甲一八一)によれば、平成五年九月一二日に被告人の頭部五か所から採取した毛髪合計四〇〇本(約三〇七・九ミリグラム)のうち約三分の二に対し、当該毛髪の表面付着物等の混入を除くため十分な洗浄をした上、科学的に必要な抽出操作を行って得られた抽出物について、高感度分析法であるマスフラグメントグラフィーを行った結果、コカイン並びにその主代謝物であるベンゾイルエクゴニン及びエクゴニンメチルエステルの化合物が含有されることが推定され、更に確認のため、ガスクロマトグラフィー/タンデム型質量分析の方法により検査すると、コカイン並びに右ベンゾイルエクゴニン及びエクゴニンメチルエステルの含有が認められ、薄層クロマトグラフィーの方法による検査では、コカイン及びベンゾイルエクゴニンの含有が認められた。また、前記の残り約三分の一及び同時期採取の被告人毛髪約八・六ミリグラムについて、これらを毛根側から二センチメートル毎に切断し、毛根からの長さに従って三群に分け、その各群について前記同様にして得られた各抽出物について、コカイン及びその代謝物の含有の有無並びにその量について検査したところ、毛根側から二センチメートルの群を除く他二群について、マスフラグメントグラフィー及びガスクロマトグラフィー/タンデム型質量分析の検査法のいずれにおいてもコカイン並びに右ベンゾイルエクゴニン及びエクゴニンメチルエステルが検出、確認され、毛根側から二センチメートルの群については、右の各検査法のいずれにおいてもコカインが検出、確認されたが、ベンゾイルエクゴニン及びエクゴニンメチルエステルの含有は右マスフラグメントグラフィーによる場合にのみ確認され、また、右三群中、毛髪先端部から順に、コカイン及び主代謝物の含有が多いとの検査結果が得られた。そして、以上の鑑定の経過、その考察から、鑑定資料である被告人の毛髪中には、コカイン及びコカイン主代謝物であるベンゾイルエクゴニンが含有され、さらにもう一つの主代謝物であるエクゴニンメチルエステルの含有が推定される旨の鑑定結果が得られている。

(二) B子毛髪中のコカイン等の存在

科学警察研究所警察庁技官K子他二名共同作成の鑑定書謄本(甲一八三)によれば、平成五年九月一一日に採取されたB子の毛髪約四〇〇本(約一二五四・八ミリグラム)のうち、採取部位が特定されていない毛髪約三〇七・四ミリグラムについて、被告人の毛髪に対するのと同一の三つの検査方法により順次検査した結果、コカイン並びにその主代謝物であるベンゾイルエクゴニン及びエクゴニンメチルエステルの検出については、被告人の毛髪に関するものと同一の検査結果が得られ、以上の鑑定の経過、その考察から、鑑定資料であるB子の毛髪中には、コカイン及びコカイン主代謝物であるベンゾイルエクゴニンが含有され、さらにもう一つの主代謝物であるエクゴニンメチルエステルの含有が推定される旨の鑑定結果が得られている。

二  証拠能力等についての判断

1 弁護人らは、前記白色粉末付着のストロー(甲一一二、符八五)、スパイスミル(甲一一六、符八六)、茶色小びん(甲一一七、符八七)及びこれらに付着していたとされる粉末等につき作成された「鑑定結果について」と題する各書面謄本(甲一一四、一一九)、C卓上カレンダー(甲二四)、各卓上日記(甲二八ないし三五)、各毛髪鑑定書(甲一八一、一八三)並びにD宣誓供述書(甲一七〇)について、次のとおり証拠能力がない旨主張した。

(一) 白色粉末付着のストロー(甲一一二)について

同ストローについては、当初その捜索押収が適正に行われたことを証するために提出された写真撮影報告書(甲一七二)にはこれに関する写真等がなかったため、この点を弁護人らにおいて指摘したところ、唐突に右ストローの発見状況を撮影したとする写真六枚が写真撮影報告書(甲一九七)として提出されたものであるが、右の経緯に照らすと、右ストローがB子宅に存在したことについては、重大な疑念があり、その証拠能力及び証拠価値は否定されるべきであり、同ストローに付着していたとされる白色粉末についての「鑑定結果について」と題する書面謄本(甲一一四)の証拠能力も否定されるべきである。

(二) スパイスミル(甲一一六)及び茶色小びん(甲一一七)について

右各物件については、立会いが容易であり、かつ最も適当なB子の立会い無くして捜索押収されており、その捜索押収手続は違法である。

また、右各物件は、平成五年九月四日に行われたB子宅捜索の際に、寝室北側クローゼット脇の洗面台左側引出しの最下段及び寝室西側整理戸棚の白色布袋の中のあずき色の手提バッグ内から発見、押収されたとされているところ、これらの物件は、これに先立つ同年八月一一日にB子を立会人として多数の捜査官により入念な捜索が実施された際には、特に巧妙に隠匿されていたわけではないのに発見されなかった上、右捜索に際して撮影された写真撮影報告書(甲一七二)添付の写真中の寝室西側整理戸棚には右白色布袋は写っておらず、同袋や右あずき色手提げバッグが写った右捜索差押時の写真も提出されていない。

右のとおり、右各物件の捜索押収手続には違法がある上、その発見の経緯、態様に照らすと、違法な作為が介在した疑いが濃厚で、右各物件の存在について重大な疑念があり、これらの証拠能力及び証拠価値は否定されるべきである。そして、右スパイスミル及び茶色小びんにそれぞれ付着していたとされる白色粉末についての「鑑定結果について」と題する書面謄本(甲一一九)の証拠能力も否定されるべきである。

(三) C卓上カレンダー(甲二四)及び各卓上日記(甲二八ないし三五)について

C卓上カレンダー(甲二四)については、捜索差押許可状の適法な呈示がなく、同令状には、右カレンダーの特定がなされていなかった上、押収品目録も交付されなかった。また、C各卓上日記(甲二八ないし三五、これら卓上日記も、以下「卓上カレンダー」という。)については、令状によらない捜索の実施により押収されたものであり、任意提出者とされるLに押収品目録の交付もされていない。右各卓上カレンダーは、違法収集証拠であり、証拠能力を有しない。

(四) 各毛髪鑑定書(甲一八一、一八三)について

毛髪中のコカイン鑑定については、代謝物でない未変化体のコカインが毛根から毛髪に取り込まれるという科学的プロセス・メカニズム自体が仮説にすぎず、科学的に証明された事実として確立するには至っていないのみならず、コカインが摂取された場合の毛髪内部への取込み過程、摂取量と毛髪内部の薬物濃度との関係、毛髪内での拡散のメカニズム、外部からの汚染の除去等に関し、科学的解明もなされていない。しかも、本件においては、再鑑定に必要な被告人の毛髪が保存されておらず、再鑑定による反駁の機会も奪われている。各毛髪鑑定書は証拠能力を欠き、何らの証拠価値も有していないものである。

(五) D宣誓供述書(甲一七〇)について

右書面は、英米法上アフィダヴィット(宣誓供述書)に当たるものと考えられるが、Dには日本国から逮捕状が発付されているのに、偽証罪の制裁を科して供述を取得したものであるから、Dの黙秘権を侵害して作成されたものというべきである。

しかも、右書面の作成過程には、黙秘権の告知の無いこと、弁護人の立会いのなされていないこと、偽証罪の告知時期、宣誓手続が不明瞭であることなど、種々の違法があるから、我が国の法体系においては、証拠能力を有しない上、その内容も捜査官に著しく迎合したものとなっており、何らの証拠価値も認められない。

2 判断

(一) 白色粉末付着のストロー(甲一一二)について

平成五年八月一一日に実施された第一回B子宅捜索に関する現場責任者であった証人Mの公判廷における供述及び写真撮影報告書(甲一九七)によれば、前記一6(一)認定のとおり、右ストローは、同日B子宅居間テーブル脇の赤い盆の上の小箱から押収されたことが明らかであり、関係各証拠を検討しても、右ストローの発見、押収の過程に違法な点があったことはうかがえない。右ストロー及びこれに付着した白色粉末に関する鑑定書については、いずれも証拠能力を有するものと認められる。

(二) スパイスミル(甲一一六)及び茶色小びん(甲一一七)について

関係各証拠、とりわけ第一回B子宅捜索時の写真撮影報告書(甲一九七)中の写真3ないし5によれば、第二回B子宅捜索の際に差し押えられた手鏡は、第一回B子宅捜索時に現認されたものと同じ赤い盆の上に、右ストローとともにそのままの状態で存在していることが認められ、また、茶色小びんについては、B子がその証言において、自らのものであることを認めていることに照らせば、いずれも第一回B子宅捜索の時点で存在したことが明らかである。ところで、関係各証拠によれば、第一回B子宅捜索時と第二回B子宅捜索時の間に、前記ストローや手鏡を載せていた盆が移動していることが認められるが、盆の上のものがポットを除いてほとんど変わりがない上、寝室ガラス面などに雑巾掛けの跡が残り、チリ等も極端に少ない状況であったことなどが認められることからすれば、この間にB子宅の鍵を所持していた家政婦が掃除をしていることによるものとうかがわれ、第一回B子宅捜索から第二回B子宅捜索までの間に違法な行為がなされたことを疑わせる証跡はない。

ところで、関係各証拠、とりわけ証人Nの供述によれば、スパイスミルは、寝室北側洗面台の鏡台脇に設置された両側三段小引出しのうちの西側下段の小引出しの中から、また、茶色小びんは白色布袋入りのあずき色の手提げバッグ内側の小さな袖のポケットからそれぞれ発見されており、いずれも発見者のNにおいて、一見しただけではコカイン吸引の道具とは思えないものであり、白い粉末の付着を見て初めてコカイン吸引の道具との認識を持ったことが認められる(なお、その形状等は前記一6(二)に認定したとおりである。)。右のようなスパイスミル及び茶色小びんの形状、大きさ、保管されていた箇所等の状況に照らせば、捜査官が第一回B子宅捜索の際に、これらを見落としたり、重要な証拠であるとは考えずに押収するに至らなかったことがうかがえるのであって、弁護人らが主張するような不自然不可解な点があるとは認められない。また、関係各証拠を検討しても、右スパイスミル及び茶色小びんの押収について、違法な作為の介在を疑わせる事情も見当たらない。

なお、第二回B子宅捜索にB子を立ち会わせなかったことについて、証人Mが、B子が千葉中央警察署に留置されており、事件を否認していた上、当時マスコミ等の強い関心の的となり、B子宅に行くこと自体が人権保護の点で問題があった旨証言するところは、十分首肯しうるものであって、B子を立会人としなかったことに何ら不当の点はないのみならず、右捜索は適法な立会人の立会いを得て実施されているものである。

スパイスミル及び茶色小びんにそれぞれ付着していた白色粉末に関する鑑定書が証拠能力を有することは明らかである。

(三) C卓上カレンダー(甲二四、二八ないし三五)について

C卓上カレンダー(甲二四)については、捜索差押許可状(甲一九五)の記載から、目的物として特定されていることは明らかである。

そして、捜索差押手続きに入る前に、財団資料室の責任者であるLに捜索差押許可状が呈示されていることは同人の証言から明らかであり、請書(甲一九六)によれば、押収品目録交付書も同人に交付されていることが認められる。

C卓上カレンダー(甲二八ないし三五)については、関係各証拠、とりわけ証人O及び同Pの各供述によれば、Cが取調べの過程で数年分の卓上カレンダーが財団資料室のCの机の引出し中にあるので、これを持ってきて欲しい旨申し出たので、Pからこの旨連絡を受けたOが、同室にいた事務職員のQ子にその所在の確認を求めたところ、Q子がC使用の机を調べその右側引出しの一番下からこれらを取り出したため、その内容を見てC作成の卓上カレンダーであることを確認したこと、その後同室の責任者であるLが、捜査機関に提出して欲しいというCの意思をOに確認した上で提出したことが認められる。右事実によれば、Oの前記行為が令状によらない捜索に当たらないことは明らかであり、その任意提出の経緯に違法とすべき点はない。また、押収品目録は、平成六年一月一五日Cに交付されており、その交付の遅れをもって、押収手続きが違法となるものではない。

(四) 各毛髪鑑定書(甲一八一、一八三)について

被告人及びB子の各毛髪鑑定に当たった証人K子の供述によれば、ヒトがコカインを体内に摂取した場合、コカインは吸収されて血液中に移行し、標的臓器に運ばれて薬理作用を発現するが、毛髪は、その毛根部に入りこんだ毛細血管から、血液中のコカインを毛髪内に取り込み、コカインを含有するに至ることが認められ、この原理は科学的根拠を有するものであり、ある程度コカインを乱用している者であれば、その毛髪からコカイン及びその代謝物が検出されることは世界的に科学者によって承認されているものと認められる。

しかして、その鑑定の経過及び結果は一7(一)及び(二)に認定したとおりであり、各毛髪鑑定は、いずれも高感度分析法であるマスフラグメントグラフィーを行って各群に含まれるコカイン及びその代謝物を検出し、さらにガスクロマトグラフィー/タンデム型質量分析及び薄層クロマトグラフィーによる分析をも行ってマスフラグメントグラフィーによる検出結果を確認した上、〇・一ないし〇・〇一ナノグラムの精度で各毛髪中に含有されるコカイン及びその代謝物の含有量を算出するなどして行われたもので、鑑定の実施者が毛髪鑑定につき必要な知識、技術、経験を有する専門家であることを併せ考えれば、各毛髪鑑定書の証拠能力はもちろん、その証明力においても欠けるところはないものと認められる。

なお、関係各証拠を検討しても、各毛髪鑑定のための資料採取及び保管に疑問を抱かせる点はなく、また、再鑑定に必要な被告人の毛髪が残されていないことは、弁護人らの主張のとおりであるが、この一事をもって、被告人の毛髪鑑定の証拠能力及びその証明力が失われるものでないことはいうまでもないところである。

(五) D宣誓供述書(甲一七〇)について

証人Rの供述、D宣誓供述書の形式によれば、被告人に対するコカイン密輸入事件に関し日本国政府からアメリカ合衆国政府に対し司法共助の要請が行われたこと、検察官Rは、この要請事項の執行(ロサンゼルス在住のDの供述を得ること)の立会いのため、ロサンゼルスに赴き、ロサンゼルス郡検事局に呼出を受けて出頭したDに対して、同検事局の捜査官二名(うち一名は日本語の聴取ができる。)の立会いの下に、Rが主として質問を行い、右捜査官らも補充的に質問して本件に関する事情を聴取し、その聴取内容を、Rが日本文に記載して起案し、その内容についてDに確認させ、同人の申出により幾つかの訂正を経て内容を確認した上、Rが日本文の読み聞かせをしたこと、その後、同国公証人の前で再度Dが右書面の内容を読んで内容を確認し、更にRが右書面をDの前で日本語で朗読し、Dがその内容が真実である旨の宣誓をして署名指印し、「宣誓供述書」と題する書面が作成されたことが認められる。

右の事実によれば、右書面は、アメリカ合衆国における所定の手続により適法に作成されたものと認められるところ、右書面はDの作成した供述書であるから、その証拠能力については、刑事訴訟法三二一条一項三号書面に該当するか否かを検討することで足りるものと考える。

関係各証拠によれば、Dはロサンゼルスに在住する者であり、Cに対しコカイン及び大麻を有償で譲り渡したという嫌疑がかかっているのであるから、同人が公判準備若しくは公判期日において供述することができないこと、その供述が犯罪事実の存否の証明に欠くことができないものであることは明らかである。ところで、右書面は、アメリカ合衆国の公証人の前で宣誓した上で作成されたものであり、内容に虚偽がある場合には、同国において偽証罪の制裁を受けるという効果を伴うものと解せられるが、このような効果を持つ宣誓をさせたことが供述強制に当たるとはいい難い上、Dの黙秘権を侵害したものともいえないことは明らかである。関係各証拠を検討しても、R検察官やロサンゼルス郡検事局の捜査官らがDに供述を強制したり不当な影響力を与えたことはうかがわれず、供述の特信性に欠けるところはないものと考える。

右のとおり、D宣誓供述書については、その証拠能力が認められるのみならず、その供述内容についても、前記一5に認定したとおり、別件刑事事件担当の弁護人である弁護士らがアメリカ合衆国に渡航して作成したD供述書(弁一六)とその供述内容において基本的に符合しているのであり、信用性も十分であると認められる。

第三  C供述の信用性

Cは、後記一、二に記載するとおり、本件各業務上横領及び本件密輸入について、被告人の指示によることを認め、判示第一及び第二の各事実に全面的に沿う供述をしているところ、被告人は、Cに対する指示を否定するとともに、C供述と相反する供述をし、弁護人らも種々の理由を挙げてC供述の信用性を争うので、前記第二で認定判断したところをも踏まえて、その信用性を検討することとする。

一  供述の概要

1 海外出張及び海外送金等の実情

本件各海外出張は、被告人からコカイン、大麻を購入せよとの指示を受けて、Dからコカイン、大麻を購入するためロサンゼルスに赴いたものであり、本件各送金は、いずれも購入資金として、被告人からその都度振込送金の指示を受けてなされたものである。これ以外にも、被告人から現金を渡され、Dからコカイン、大麻を購入したことがある。そして、この送金方法等につき、当初は、被告人に相談し指示を受けていたが、その後は、ロサンゼルスへ行ってくれといった簡単な指示を受けて出張申請書等の書類を作成し、被告人に届ける一方、ロサンゼルスのDには必ず電話連絡を取り、コカイン、大麻の入手を依頼し、その確認をした上、ロサンゼルスへ出掛けていたものである。コカイン等については、Dの口座への入金が確認されてから、これらを入手することがほとんどであり、現金の場合も同様であった。

右出張申請書等には、被告人と相談の上、ナカシマエンタープライズD氏に対する情報収集費用として送金する旨記載していたが、事実に反する名目上の記載であり、これら海外出張に必要な書類は、稟議書等特別の手続きを経ることなく、被告人に直接あるいは秘書を通じて届けるなどして決裁を受けていた。

帰国の際には、B子に帰国の予定を連絡し、ほとんどの場合恵比寿のマンションのB子宅に、コカイン、大麻を届けていた。その際、ロサンゼルスで購入したわいせつビデオテープも、併せて渡すことが多かった。

本件密輸入行為に係るロサンゼルス出張も、被告人の指示を受け、現金を受領した上で渡米し、ロサンゼルスでDからコカインを購入し、その際、被告人から頼まれていたわいせつビデオテープも購入した。そして、帰国後、指示のとおり、コカインはB子に届け、同ビデオは被告人に直接渡す予定だった。

2 Dとの関係

Dは、ミュージシャンで、コマーシャルの曲を作ったりライブハウスで演奏をしたりしている。アルバイトでツアーのガイドもしている。一〇年ほど前の昭和五八年ころ、被告人から、コカインが手に入らないかといわれて、ロサンゼルスの友人に購入先の紹介を求めたところ、Dを紹介され、昭和六二年の振込送金が始まる前から、コカイン密輸入のことでDのところに行っている。

ハイウッドの映画情報等の入手について、Dは、専門的な意味では、その情報入手はできないし、情報を受け取ったり、聞いたりしたことはない。角川書店関係では、Sなどの専門的な者がいる。

3 コカイン等薬物使用状況

被告人は、昭和五三年ころから大麻を使用するようになり、昭和五六年ころには、Cやそのころ同居していたT子とともにこれを吸引し、ロサンゼルスの知人方でコカインを使用したこともあり、B子と同居するようになってから、コカインを常用するようになった。

二  本件各業務上横領及び本件密輸入に関する個別的供述の概要

1 別紙(二)海外出張一覧表(以下「海外出張表」という。)一ないし三〇並びに平成五年七月六日から同月九日の各海外渡航は、いずれも被告人の指示により、Dからコカイン、大麻を購入するため、ロサンゼルスに出張したものである。それらの指示、購入コカイン等の交付の状況は、次のとおりである。

2(一) 別紙(一)犯罪事実一覧表(以下「表」という。)一(海外出張表一)関係

伊勢からの出張の帰りに恵比寿のマンションに立ち寄った際、被告人から、またロサンゼルスへ行ってくれと指示されたと思う。買付資金を海外振込送金したのは初めてだったが、昭和六二年三月一六日に、この送金について被告人と打合わせをし、自分が書いた送金目的の記載でいいかどうかの決裁をもらった。卓上カレンダーの同月一七日欄に「社長決裁(LAの件)振り込み一五:〇〇社長室」とあるのは、右に関する記載である。

同月二九日にロサンゼルスからハワイへと移動し、帰国後、購入薬物を角川書店社長室で被告人に渡した。

(二) 表二(海外出張表二)関係

昭和六二年五月一六日から一七日の伊勢への出張中、「丙川」という民宿で、被告人から、B子も交えた場で、いつものとおりロサンゼルスへ行ってくれと言われたと思う。被告人、B子らと、ニューヨーク、ロサンゼルスに行き、ロサンゼルスで一人でD宅を訪問し、コカイン、大麻を購入して、同年六月一〇日帰国した。大麻は、社長室で被告人に渡している。卓上カレンダーの同日欄「社長室一九:〇〇」の記載は、右に関するものである。コカインについては、はっきりした記憶がない。

(三) 表三(海外出張表三)関係

被告人から、昭和六二年七月一五日、角川書店社長室で、指示されたと思う。卓上カレンダー、同年七月一五日欄「社長室一七:〇〇 LAX出張の件」の記載は、右に関するものである。同月三一日(金曜日)帰国し、翌土曜日は別の用事があるので、帰国した日にコカイン等を渡したと思う。

(四) 表四(海外出張表四)関係

被告人から、昭和六二年九月八日か、九日に、明日香宮寮で、ロサンゼルスへ行ってくれ、伝票上げてくれと指示を受けていると思う。

同月二五日に帰国した後、休暇で南伊豆に行っており、購入した薬物を持ち続けることは考えられないので、おそらく同日中に被告人に渡したと思う。

(五) 表五(海外出張表五)関係

卓上カレンダーの昭和六二年一〇月二八日欄に「社長-一三:〇〇」とあるので、この時、被告人から、いつもと同様ロサンゼルスへ行ってくれ、伝票を出してくれ、スペインの帰りに単独で回ってきてくれ、と指示を受けた。

同月三一日、B子、被告人と一緒に、ロンドン経由でスペインに行き、この帰りに同人らとロンドンで別れ、一人でロサンゼルスに回りD宅に行っている。

同年一一月九日欄「社長宅一九:三〇」は、帰国後、被告人に渡したことの記載だと思う。

(六) 表六(海外出張表六)関係

昭和六二年一二月四日、Dへ国際電話をかけ、ロサンゼルスから返事をもらったので、その前の同月一日か、二日、明日香宮近くの編集部の忘年旅行の際に、被告人から、指示されたと思う。

卓上カレンダーの同月二五日欄に「社長宅」と記載があるので、成田空港から直接B子のマンションに行き渡している。

(七) 表七(海外出張表七)関係

被告人から、昭和六三年一月中、ホノルルのカハラヒルトンホテルで、ハワイ出張が終わったら、二月頭くらいにロサンゼルスへ行って来てくれ、出金伝票もいつものとおりと指示を受けた。

この回の送金がドル建てから円建てに変わっているが、これは、当初、Dから請求される米ドルの金額に手数料を加えて振り込んでいたところ、角川書店の経理から、できたら円建てで送金申請してくれと要望があったので、これをDに話し、一〇〇万円ということになった。

同年二月七日出発の予定を、自分の国内の仕事の都合がついたのでなるべく早くということで同月五日に早めて出発した。

同月一二日に帰国し、被告人がB子と一緒に出掛けた会食場所である「乙山」に電話をかけて、B子と帰宅時間の打合わせをし、午後九時二〇分ころ社長宅に行って渡した。

(八) 表八(海外出張表八)関係

被告人から、昭和六三年四月四日、社長室で、ニューヨーク、ロサンゼルス出張の時に、Dから受け取れるよう手筈を整えてくれ、出金伝票はいつものようにと言われて指示されたと思う。

被告人は、同月二八日に、B子とともにニューヨークに向け出国し、同年五月一日にロサンゼルスへ移動した。その日か二日にD宅へ行き、コカインと大麻を購入して、コカインはホテルの被告人の部屋でB子に渡し、大麻は必要分ずつ自分が巻くので、預かっていた。

(九) 表九(海外出張表九)関係

昭和六二年六月一三日にロサンゼルスのDに電話連絡しているので、このころ、被告人から指示されたと思う。ロサンゼルスに電話を入れることは、当時D以外考えられないし、Dであれば、コカイン、大麻購入の件だけである。

卓上カレンダーの同年六月一四日欄に「社長打ち合わせ(Spain→LAXの件)」とある記載は、スペインの帰りに単独でロサンゼルスを回ってきてくれ、といわれたことの記録であり、ロサンゼルスに回れということは、コカイン、大麻をDから買ってこいという意味である。

コカイン等は、帰国日に恵比寿のマンションでB子に渡している。

(一〇) 表一〇(海外出張表一〇)関係

同年八月二九日から三〇日に伊勢に行った際、被告人から、民宿「丙川」で、B子も一緒にいる場で、またロサンゼルスへ行って来てくれと言われて指示された。

同年九月九日帰国し、同日午後八時二〇分ころ、恵比寿のマンションに到着し、玄関先でB子にコカインと大麻を渡した。卓上カレンダーの同日欄「社長宅二〇:二〇」の記載は右に関するものである。当初被告人は帰っておらず、B子と雑談するうち被告人が戻ってきて、ヒンズーの石窟の写真を見せてもらった記憶がある。

(一一) 表一一(海外出張表一一)関係

被告人から、昭和六三年一〇月初めころ、密輸入の指示を受け、スペインの帰りに移動することになっているので、その時に、受け取れるようにと言われた。

同月一二日被告人とB子と一緒にロンドンを経由しスペインへ同行し、同月二二日ロサンゼルスに入り、一人別行動をしてDから購入している。

卓上カレンダーの同月二五日欄に、「→本郷「網」ビル」とあり、成田空港から会社に直行して会社で渡している。

(一二) 表一二(海外出張表一二)関係

被告人から、同年一二月一一日ないし一三日に、明日香宮で、ドミニカ共和国のサントドミンゴのレースの贈呈式に行ってくれ、その時ロサンゼルスに寄ってくれと言われた。

コカイン等は、昭和六四年の恵比寿マンションでの新年会の時に、B子に玄関先で渡した。卓上カレンダーの一月四日「社長宅新年会PM-MN」の記載は、右に関するものである。

(一三) 表一三(海外出張表一三)関係

被告人から、平成元年二月一六日八芳園で行われた文壇麻雀大会の際、その麻雀の切れ目の時、ロサンゼルスに行ってくれと言われて指示を受けた。

この時は、家族と一緒にロサンゼルスに行き、同年三月二日に帰国し、家族が泊めてもらっていた亀戸の友人方に寄り、恵比寿のB子宅へコカイン等を届けていると思う。

(一四) 表一四(海外出張表一四)関係

被告人から、平成元年四月九日から一三日までの間に、奈良県吉野の丁原という旅館で、連休あたりで行ってくれといわれて、指示されたと思う。特別な指示はなかったので、同じように伝票を上げた。

卓上カレンダーの同年五月五日欄に「社長宅」という記載があり、そこで被告人にコカイン等を渡し、その際コーヒーか何かご馳走になった記憶がある。

(一五) 表一五(海外出張表一五)関係

被告人から、映画「天と地と」の撮影の関係で、平成元年六月四日山形県米沢市の上杉神社に参拝に出掛けた際、B子も一緒にいた宿泊先ホテルの部屋で、またロサンゼルスへ行ってくれと言われた。

同年六月一九日に出発し、二四日に、被告人がニューヨークに発つのを見送ってロサンゼルスへ移動し、二七日に帰国した。同月二七日か、遅くとも二八日には渡している。

(一六) 表一六(海外出張表一六)関係

被告人から、平成元年七月二四日ころ、にっかつ撮影所で、カナダのカルガリーで行われる映画「天と地と」のロケ撮影の途中に、カナダからロサンゼルスへ行ってくれ、行く前に振込だけはしていくようにと言われた。カルガリーでのロケ中、被告人から、現場のロケ現場監督用の大きなキャンピングカーの中で、B子もいる前で、そろそろ行ってくれと言われて、同年八月一三日にカナダを出国し、一五日にカナダに戻った。

ロサンゼルスでは、Dからコカイン、大麻を購入した上、「WORLD WIDE VIDEO STORES」という店で、「VERY DIRTY DANCING」という題名のビデオテープを購入している。

この時Dにカナダから来たことを話している。帰国の際コカインを預かったと思うが、正確ではない。

(一七) 表一七(海外出張表一七)関係

被告人から、にっかつ撮影所で映画「天と地と」の撮影中である平成元年一〇月一二日から一六日までの間に、指示され、その際、ニューヨークに行くスケジュールがあったので、その帰りに購入するよう言われた。

被告人及びB子と、平成元年一一月五日、ミュージカル「ショウグン」のオープニングショー出席のため、ニューヨークへ出国し、その後は、一人でロサンゼルスへ行き、Dから、コカイン、大麻を購入し、さらに一一月七日には、「AIR EROTICA」という題名のビデオテープなどを購入した。

同月九日に帰国し、大分でのロケに加わり、同月一〇日の夜、被告人が宿泊していた由布院の旅館の被告人の部屋で、一緒にいたB子に、右わいせつビデオテープ五巻と一緒にコカイン等を渡した。

(一八) 表一八(海外出張表一八)関係

被告人から、平成元年一二月一〇日から一五日までの間に、映画「天と地と」の山中湖ロケで宿泊していたホテルで、いつものように年内にロサンゼルスに行って来てくれと言われた。

被告人に、コカイン等を渡したのは、同月三〇日と記憶している。三〇日は、「天と地と」の打ち上げがあり、大晦日に帰ってきた記憶はない。被告人は、同月三一日、平成二年一月一日は本妻の元に帰ると聞いており、平成元年一二月三〇日中に届けなければという気持ちがあった。

(一九) 表一九(海外出張表一九)関係

平成二年一月末に風邪で会社を休んでいるときに、秘書のIから社長に連絡を取るようにとの連絡が入り、同月二九日午後九時に恵比寿のB子宅へ電話したところ、まずB子が出て、それから、被告人から、電話でロサンゼルスへまた行ってくれと言われた。

卓上カレンダーの記載状況からして、同年二月一三日に被告人にコカイン、大麻を渡したと思う。

(二〇) 表二〇(海外出張表二〇)関係

卓上カレンダーによれば、平成二年三月三一日欄に「LA出張打ち合わせ-社長」「グランドパレスH」とあり、俳句研究賞の選考会が終わったときに被告人から、ロサンゼルスに行って来てくれ、伝票を上げるようにと指示を受けた記憶がある。通常は、写真撮影が終われば部屋を出るが、この時は被告人から残っているよう指示され、午後五時まで残っていた。

同年四月一〇日には入金がないが、一度だけ帰国が延ばせないときに、今までの実績ということで物だけを先にもらったということがあるので、この時だと思う。

この回に出金伝票の金額が一〇〇万円から一三〇万円になったのは、Dと連絡を取ったときに、質が良くなければ困ると良質なものを頼んでいたが、ちょっと値が張るから手に入らないと言われて、増額した送金をしたためである。

コカイン等は、帰国当日、社長宅で渡した。卓上カレンダーの平成二年四月一二日欄「帰国一六:〇〇→社長宅一八:三〇」の記載は、右に関するものである。

(二一) 表二一(海外出張表二一)関係

被告人から、平成二年五月二四日から二五日ころ、指示されたと思う。Dへの電話、アスカツアーへのチケット等の手配に関する連絡の日時によると、同月二五日横溝正史賞の贈呈式の時ではないかと思う。

被告人に、同年六月八日、社長室で、コカイン、大麻を渡したと思う。卓上カレンダーの同日欄「帰国(U・A一七:〇〇)→社長室」の記載は、右に関するものである。

(二二) 表二二(海外出張表二二)関係

平成二年七月九日から一六日までの間、被告人らと共に出張中のスペインで、またロサンゼルスへ行って来てくれ、ニューヨークの帰りにロサンゼルスへ回ってくるように、伝票上げるようにと指示された。

同月二五日ニューヨークで被告人と別れた後、一人でロサンゼルスに回り、Dからコカイン、大麻を購入した。

ロサンゼルスに同月二九日に到着し、入金が遅れて同年八月一日になったため帰国が遅れた。この間、同年七月三〇日に、ビデオテープを購入し、帰国して、同年八月五日にコカイン、ビデオテープを社長宅で渡している。卓上カレンダーの同月五日欄の「社長宅一一:三〇PM」の記載は、連絡がうまくつかなくて、自分が外で三時間近く帰りを待つ結果になったときのものである。

(二三) 表二三(海外出張表二三)関係

Dとの電話連絡をした日時によれば、被告人から、平成二年九月一〇日以前に指示されたと思うが、具体的な指示の日は分からない。

同月二一日には、被告人から大麻はいらないと言われ、取消しが効くかどうかDとやりとりをしたことがある。同月二七日にロサンゼルスに行き、コカイン、大麻を購入して、同月二八日にニューヨークに移動し、同月二九日に被告人とともにニューヨーク滞在中のB子に少量のコカインを渡して大部分は自分で持ち帰り、同年一〇月一〇日に帰国した被告人が軽井沢の明日香宮に入ったとき、被告人の部屋でB子に渡した。卓上カレンダーの一〇月一〇日欄に「明日香宮大祭(社長一四:五五)NRT」は、ニューヨークから被告人が帰国する成田の到着時間である。

(二四) 表二四(海外出張表二四)関係

卓上カレンダーの記載等によると、被告人から、平成二年一二月二六日午後二時三〇分、社長室で、年明けにすぐ行って来てくれ、伝票上げてくれといわれたと思う。

同カレンダーの平成三年一月七日欄に「帰国(一六:二〇)」のあと「社長宅二〇:〇〇」というのが、B子のマンションに届けに行ったときの記録である。社長スケジュール表では、夜九時に伊勢から帰宅することになっているが、渡すのはB子であること、電車の便は変更できること、翌八日は、被告人の誕生パーティーで、コカイン、大麻を渡すどころではなく、渡したという記憶もないので、七日で間違いないと思う。

(二五) 表二五(海外出張表二五)関係

卓上カレンダー平成三年三月七日欄「LA振込の件(3/8社長一四:〇〇~一四:三〇)」の記載から、この時に指示されたと思う。「振込の件」とは、コカイン、大麻購入のためにD氏の口座に金を振り込むということである。

被告人に、同月二八日、コカイン及びビデオテープを渡している。卓上カレンダーの同月二八日欄の「社長渡しレポート等」との記載は、「レポート」は薬物以外のことでわいせつビデオテープを示す。

(二六) 表二六(海外出張表二六)関係

被告人から、平成三年五月七日か八日に、明日香宮で依頼されたと思う。

同月二二日にホノルルからロサンゼルスに移動したが、入金されておらず、同月二三日に八五〇〇ドルの振込があったため、二四日中に薬物を入手し、二六日に帰国してそのまま自宅に帰ったという記憶である。

卓上カレンダーの、同月二七日欄の「帰国一一:〇〇AM」という記載は、B子には、ロサンゼルスからの便ではなく、二七日にハワイ経由で帰国したと、B子宅へ向かう途中の公衆電話で電話をしたため、そのように書いたものと思う。

(二七) 表二七(海外出張表二七)関係

被告人から、平成三年七月六日か七日に、明日香宮の被告人専用の部屋に呼ばれて、サンタマリア号の航海が終わったあとロサンゼルスへ行ってくれ、サンタマリア号で発つ前に一応振込はするようにと指示があった。

同月一一日から、被告人のスペイン出張に同行し、預かっている大麻を持参したが、一三日の出港に際し、被告人から大麻を巻いて一〇本ほど渡すようにと指示があったものの、甲板が不安定であり、大麻独特のにおいがしたり、大麻のうわさがたつことを心配して、何も言わず渡さなかったため、ウェルバ入港の際、「もうお前は来なくていい」と言い渡されたことがあった。

帰国後、不安はあったが、同年八月八日に振込みが済んでいるので、ロサンゼルスへ向かった。同月一四日にビデオテープショップに行きビデオテープを購入し、帰国予定は同月一六日だったが、航空機が満席のため遅れて同月一九日に帰国した。この間秘書のIに毎日連絡していたが、このことについては後に被告人から必ずB子の方に連絡するようにと厳重に注意された。これは、自分がロサンゼルスに行くのは公にしておらず、なぜロサンゼルスに行っているのかと不審に思われないためである。

卓上カレンダーの同月二〇日欄「社長室一七:〇〇」という記載が、コカインを持っていった記載である。

(二八) 表二八(海外出張表二八)関係

被告人から、平成三年一一月二九日、社長室で指示され、伝票上げてくれと言われたと思う。卓上カレンダー同日欄「社長打ち合わせ(一七:〇〇)社長室」の記載は、右に関するものである。

帰国し、恵比寿に行き、B子にコカイン及びビデオテープを渡した。

(二九) 表二九(海外出張表二九)関係

被告人から、平成四年一月二五日角川文庫読書感想文コンクールの表彰式の際、またロサンゼルスへ行って来てもらいたい、伝票を上げてくれと指示された。

同月三一日にまず一人でロサンゼルスへ行き、大麻、コカインを買ってホノルルで被告人と合流し、コカインはホテルの被告人の部屋でB子に渡した。

当初ホノルルから一人で帰る予定であったが、被告人から、ロサンゼルスへも一緒に来るように、といわれて同行し、同年二月九日ロサンゼルスでビデオテープを買った。これは、同月一三日に被告人に渡したと思う。

(三〇) 表三〇(海外出張表三〇)関係

被告人から、平成四年一一月一六日、社長室で、「ロサンゼルスへ行って来てくれ。伝票を出すように。」と言われた。

同月二八日午後九時三一分(現地時間)に、ロサンゼルスからB子へ国際電話をかけ、「まだ現金が入っていないので品物が受け取れず、帰国は遅れる。」と連絡した。同月二九日夕方五時、会社へ電話し、代わりのカメラマンの手配を頼んだ。

同年一二月二日、帰国後、B子へ電話し、社長宅に届けたと思う。卓上カレンダー同日欄の「帰国→社長宅」の記載は、右に関するものである。

(三一) 本件密輸入関係

平成五年六月三〇日午後三時半過ぎころ、九段のアスカビルの財団資料室に、社長秘書のIから、社長がお呼びなのですぐに社長室の方へ来て下さいとの電話があったので、午後四時半前に角川書店本郷ビルに行った。被告人から、社長室で、「ロサンゼルスに行って来て欲しい、今回も現金で買ってきてくれ、現金は二日に渡す、同じ頃でいい。」などと言われ、「分かりました。すぐ連絡を取ります。」と答え、二、三分で社長室を出た。

同年七月二日に、社長室で、被告人から、焦げ茶色のアタッシュケースから出した白い角川書店の封筒を手渡され、「これで頼む。ビデオは会社で直接自分に渡してくれ。ものはキヨの方でいい。」と言われ、その現金でDにコカインの支払をしてくれ、コカインはB子の家に届けてくれという趣旨に受け取った。

アスカビルの財団資料室に戻って、白い封筒を確認すると、一三〇万円が入っていた。これについては、コカイン代として一一〇万円から一二〇万円、あとはビデオ代と小遣いと理解した。

同月四日に、八潮のアパートからDに国際電話をかけたが、一回目は留守番電話で、二回目にDが出たので「六日からロサンゼルスに行く。余り時間がないが大丈夫か。お茶は余りいらないんで雪中心にしてくれ。」といった内容の話をした。「お茶」という言葉は大麻を意味し、「雪」という言葉はコカインを意味する。これは、同年二月にロサンゼルスから現金で買ってきたものを渡したときに、B子から大麻はいらないと言われていたためである。

同年七月五日、午前中にアスカツアーにロサンゼルスまでの航空券等の手配を依頼した後、午後二時六分ころ、財団資料室からB子宅に電話をかけ、B子に対し、ロサンゼルスへ行き、同月九日に帰国する旨伝えた。

同月六日午前一一時四五分ころ(現地時間)、アメリカ合衆国ロサンゼルス国際空港に到着し、入国の際、コカインの付着したスパイスミル等を発見され、罰金を支払った。そこで、D宅に行く途中は、尾行を気にして迂回し、同日午後七時ころ、D宅を訪れた。Dに、八千数百ドルを渡して、九〇〇〇ドルの範囲でのコカイン取引の話をしたが、その際、空港での右検挙が話題となり、Dから時々そういうことはあるよと言われた。

ホテルに戻り、午後一〇時ころにDに電話を入れると、同人は、ほぼ大丈夫だ、預かったドル内でできそうだが、明日もう一度連絡をくれと答えたので、翌七日午後七時ころ、D宅に赴き、コカインを受け取ったが、お釣りは受け取らずにいた。その後、以前に比べて多い量のコカインを、カメラバッグ内に入れて帰途についたが、税関検査を考えて、新東京国際空港に着いてから、コカイン二袋をそれぞれ一袋ずつ両脚のふくらはぎにビニールテープで巻き付けて通関しようとして、発見されるに至った。

三  供述の信用性の検討(その一)

1 被告人及びB子の関与によるコカイン等の購入状況を述べる証人Cの前記公判供述及び捜査官に対する各供述は、具体的かつ詳細で、その内容において格別不自然不合理な点を見出すことはできない。また、同供述は、主として、Cが長年備忘などのため書き留めていた各卓上カレンダーの記載に依拠してなされているところ、Cが、被告人らを罪に陥れるため、長年の間ことさらに虚偽の記載をし続けたとは考え難い上、それらの卓上カレンダーの詳細な各種の記載についても、記憶を喚起し、特異かつ特殊な事情をも交えて、その記載の趣旨、関連を矛盾なく供述するとともに、記憶を喚起し得ない部分については明確にその旨供述しているのみならず、その供述内容、供述態度は、各出張申請書、出金伝票、領収書等の記載内容についても同様であり、被告人の行動予定を示す「社長週間スケジュール表」の記載とも基本的に符合しているものである。

そして、Cが多数回にわたるコカイン等の購入に関して供述する部分については、第二の一6に認定したとおり、B子宅から、ストロー、内容物を吸引できる器具が付いた茶色小びん、スパイスミルが発見押収され、これらの物件にはいずれもコカインの付着が認められるほか、Cが各購入に付随してロサンゼルスで入手したわいせつビデオテープも発見押収されている上、コカイン等の購入の態様、連絡方法等の具体的事情については、コカイン等の購入先であるDの宣誓供述書及び供述書の内容がこれを裏付けている。

また、関係各証拠により、Cが右のような供述をするに至った経緯を見ると、Cは、捜査段階の比較的早い時期から、捜査官に対し、被告人の関与を認める態度を示していたようであるが、供述調書を作成することについてはこれを強く拒絶し、調書上は相当期間被告人を庇って自己の単独犯行であると弁解していたものの、平成五年八月一九日の起訴前後ころから被告人の指示によるコカインの密輸入等の自白をするに至った事実が認められる(同年八月一八日付け及び同月一九日付け(二通)各員面調書)。そして、右自白をした動機につき、Cは、当公判廷において、コカインの害悪性を知り、被告人への忠誠心はあったが、被告人にコカインとの関わりを是非とも絶って欲しいと考えたこと、同月一八日に被告人の妻から罪を償って出直して欲しいとのC宛の手紙の内容を知らされ、翌一九日接見禁止が解除されてその手紙を受け取って読んだこと、長男が進学をあきらめたので、子供のために早く社会復帰したいと思ったことなどから事件の全貌を全て明らかにしたいと考えた旨供述しており、この供述によれば、同年七月九日の密輸入行為にとどまらず、自己が起訴されていない多数回にわたる大量のコカイン等の買付けについても率直に供述したことがうかがわれるのである。また、前記第二の一1で認定した被告人及びB子との人間関係、交際状況等に照らせば、Cがことさらに虚偽の供述をして、両名を罪に陥れるようなことは到底考え難い。

2 本件密輸入事件について、平成五年六月三〇日にCが社長室に呼ばれて被告人と面談し、同年七月二日に社長室を訪れたCに対し、被告人から高額の金銭(被告人の供述によれば一〇〇万円)が交付されたことについては、金銭の額を除いて、被告人とCの供述が一致しているが、その金銭交付の趣旨については、Cは、前記第三の二で記載したとおり、被告人の指示による海外出張であり、交付金銭はコカイン購入のための委託金であった旨供述するのに対し、被告人は、右交付金銭は、Cの生活費援助のためであり、ロサンゼルス旅行はCの私的な旅行であった旨供述し、両名の供述には著しい相違がある。また、本件各業務上横領事件については、本件各送金及びCの本件各海外出張があったことは、被告人も争っていないが、各送金の趣旨及び出張の目的については、Cは、同二で記載したとおり、個別の指示のもとにコカイン等の購入のために出張し、各送金はその購入資金であった旨供述するのに対し、被告人は、四回分の出張を除きCの裁量判断によるものであり、各送金は映画情報等の入手の対価であった旨供述し、両名の供述には著しい相違がある。そこで、右の点を中心としてC供述と被告人の供述を対比し、C供述の信用性をさらに検討することとする。

被告人の供述の概要は、以下のとおりである。

(一) 本件密輸入事件に関する被告人の供述の概要

被告人は、平成五年六月三〇日にCが非常に意気消沈している夢を見て、その前年から私的に行っていたCに対する生活援助金を渡そうと考えていたこともあり、急遽秘書のIを通じてCを社長室に呼んだ。Cに特に変わったところがなかったので安心したが、君に渡すものがあるからと言って、その日時は同年七月二日か五日か記憶していないが、生活費を渡す日を指定し、同年六月三〇日に自分の出張費用を角川書店に申請して、そのころ、Iを介して経理部のJ子から二〇〇万円を受領し、このうち一〇〇万円を、同年七月二日か五日に、社長室でCに袋に入れて渡した。Cの同月六日からのロサンゼルス渡航については、映画情報等の入手のための指示によるものではなく、同人がアメリカに渡航したことも知らなかったので、同人の私的な旅行と思う。

(二) 本件各業務上横領事件に関する被告人の供述の概要

被告人は、昭和六〇年ころから、ハリウッドにおける映画制作に大きな関心を持つようになり、日本よりはるかに高額な予算を要するハリウッドでの映画制作については十分な情報を得ておく必要があると考えていたが、日本映画制作における自己の経験から、映画業界の専門家の意見のみに頼ることは適当ではないとして、本場ロサンゼルスの情報源となる人物を探していたところ、昭和六十一、二年ころ、Cから、ハリウッドの映画情報、音楽情報に詳しい人物としてDを紹介され、昭和六二年三月ころから、同人から、情報を入手することとした。

同年七月ころ、被告人は、Cから、D情報の入手は二か月に一度位とすることが適当との進言を受けたため、同月以降から平成三年七月までの間は、C自身が出張計画を調整し、概ね二か月に一度その都度出金を申請してロサンゼルスに出張し、帰国後Dからの情報を口頭で報告してもらっていたが、その報告は、角川書店社長応接室、B子のマンション、同行した海外出張先で受けていた。C出張及びこれに関する送金が同人のスケジュールによるものになったことは、昭和六二年以降平成二年までの間、毎年六回の送金、Cの海外出張が繰り返された事実、Cの海外渡航のための出金伝票のうち、平成元年四月二七日付けのものに「三-四月分」、同年七月三一日付けのものに「情報収集(八、九月)」、平成三年三月一九日付けのものに「隔月例の振込」との記載があることからも明らかである。

平成三年七月、被告人は、コロンブスのアメリカ大陸発見五〇〇年を記念するサンタマリア号航海、映画「ルビーカイロ」の海外撮影等で多忙になったため、Cに対し情報収集の中断を指示し、同年一二月ころに情報収集の再開を命じたが、平成四年一月、種々のトラブルが発生して、ロサンゼルスでの映画制作に疑問を持つようになってD情報の入手を中断することにし、同年一一月にロサンゼルスでの映画制作を打ち切るべきか否か等に関するD情報の収集のため、Cをロサンゼルスに派遣したものの、その後ハリウッド進出を断念したため、右の情報収集が最後となった。

(三) 検討

(1) 前記(一)の被告人の供述については、被告人が以前よりCに一〇〇万円程の金銭を私的に援助していたことをうかがわせる証拠はない上、Cが被告人の側近であり、妻と愛人との二つの家庭をもって生活が苦しかったとはいえ、相応の給料が支払われている社員に対し、給料のほかにポケットマネーを支給して生活費の補充をしていたというのは不自然である。また、被告人が秘書を介して、Cを急遽呼び寄せることとなった動機についても、容易に理解し難いばかりでなく、Cの本件密輸入のためのロサンゼルス渡航が私的な旅行であったとする点も、証人Uの公判供述によれば、右渡航については、角川書店の海外出張について交通機関等の手配を行っていたアスカツアーが航空券、ホテル等の手配を行い、料金については、角川書店の海外出張として同書店に請求し、代金の決済がなされていることに照らし措信できない。かえって、Cが平成五年六月三〇日に被告人と面談し、航空券等の手配をした上、七月六日にロサンゼルスに渡航しているという客観的な事実の経過に徴すれば、被告人の指示による海外渡航とするC供述がより自然で合理的と考えられる。

さらに、被告人からCに対する金銭授受の趣旨についても、前記第二の一4に認定したとおり、Cが右金銭ないしその残額を、右金銭が入っていた角川書店経理部の白封筒とともに所持していたこと、受領後間もなくドルに両替していることなどから、生活援助金とは到底考え難く、海外で使用するため被告人から委託されたものと認めるのが相当である。

(2) 前記(二)の被告人の供述については、前記第二の一3認定のとおり、Cのロサンゼルス出張がその決裁の態様等から被告人に直結した用務に基づくものと推認できるものの、その目的が情報の収集にあったとする点は、Dの映画、音楽等に関する能力等の調査をなんら行うことなく、同人を情報提供者として指名し、側近とはいえ、映画、音楽等の情報に明るいとはいえないカメラマンのCに口頭で報告させたとする点で極めて不自然で奇異に思われる。そして、前記第二の一5に認定したとおり、Dは、被告人及び角川書店の関係者に、映画などの情報提供を依頼されたことはなく、また、いかなる形態のコンサルタント契約も、角川書店、カドカワ・プロダクション・US、角川ディストリビューションとの間で結んだことはない旨明確に供述しており、関係各証拠を検討しても、Dがハリウッド映画に関し被告人が満足するようなブレーンないしアドバイザーたる能力を有する人物とは到底認め難い。かえって、右Dの供述は、Cの各ロサンゼルス出張目的がいずれもコカイン等の購入にあった旨のC供述を裏付けているところである。

(3) ところで、被告人は、捜査段階から一貫してこれまでコカインを使用したことはない旨供述するが、前記第二の一7に認定したとおり、被告人の毛髪の鑑定結果から、コカインの使用の事実が認められる上、被告人と生活をともにしていたB子の毛髪からも同様の鑑定結果が出されており、前記第二の一6認定のとおり、B子宅からコカインの使用を疑わせるストロー、スパイスミル、茶色小びんが発見されている事実に照らし、その供述は信用し難い。なお、証人B子は、本件密輸入事件及び本件各業務上横領事件に関連すると疑われる前記証拠物、コカイン等の薬物との関わりについて、当公判廷において、特段の弁明もせず、消極的な供述態度に終始しており、被告人の供述の信用性を高めるものとはなっていない。

以上の検討のとおり、被告人の供述は信用し難く、C供述の信用性を何ら揺るがすものではない。

四  供述の信用性の検討(その二)

1 被告人及び弁護人らは、Cの供述は、次のような事由があって、到底信用することができない旨主張する。

(一) コカイン購入代金と購入量に関する供述の変遷

Cは、本件密輸入事件のコカイン購入量につき、捜査段階の検面調書で、Dに対して以前の二倍になる量のコカインを購入するよう依頼した旨供述し、その後の検面調書において、円レートの勘違いによりコカイン価格を誤って算定したため二倍の購入依頼となった旨供述していたが、公判供述では、冗談程度の二倍の購入依頼の趣旨であった旨供述を変えているのであり、二倍のコカイン購入の意味を希薄にしようとする姿勢がうかがえる。Cにおいて不利益になることのない二倍の量のコカイン購入を隠蔽しようとする右供述態度は、被告人の関与しないC固有の動機と理由によりコカインを買付け密輸入していたためであるというべきである。また、円レートの勘違いによる二倍の量の買受け依頼との右供述も、全く不自然である。

(二) 本件密輸入以前のロサンゼルスでの検挙とその後のCの行動等

Cは、本件密輸入に先立つアメリカ合衆国入国の際、コカインの付着したスパイスミルなどをュ見されて検挙されたのに、被告人らに右出来事を伝えていないのであり、被告人の指示により被告人のためにコカインの購入に赴いた者の行動として、極めて不可解である。Cがコカイン密輸入の発覚の危険を冒してまでも本邦に入国しようとしたのは、被告人の関与しないC固有の動機と理由があったことを裏付けるものである。

(三) 新札の問題

Cが本件密輸入による現行犯逮捕時に所持していた番号の連続した一万円の新紙幣三三枚及び同様の一万円紙幣五枚は、証人J子及び被告人の供述によれば、被告人の渡した一万円紙幣でないことが明らかであるから、この点C供述に矛盾がある。

(四) コカイン等密輸入の指示ないしコカイン等を受領する機会の不存在

(1) Cが、本件各業務上横領事件のうち、各明日香宮ないし伊勢の神武参剣道場参拝の際に右指示を受けた旨述べる分(別紙(一)犯罪事実一覧表一、二、四、六、一〇、一二、二三、二六、二七関係)は、同所が被告人の帰依する神聖でかつ精神的に重要な場であり、そのような際に、コカイン等の密輸入などの指示等をするはずはなく、また、Cにおいて指示があったとされる右明日香宮の祭事ないし伊勢での修行に同人は参加しておらず、信用できない。Cが右明日香宮等に不在であったことは、明日香宮で長く祭事を担当していた証人Vの供述及び神武参剣道場で被告人等の応対をしていた証人Wの供述によっても裏付けられている。

(2) Cが右以外の場所、機会に各個別に指示を受けた旨述べるところも、次の(イ)ないし(ナ)のとおり、いずれも指示をすべき機会はなく、信用できない。そして、Cがコカイン等薬物を渡したとする日時、場所についても、社長スケジュール表の記載や被告人の記憶と異なる内容や矛盾する点が含まれている。

(イ) 海外出張表三の出張に関して、Cが指示を受けた旨述べる点は、被告人は、そのころ、Xとの面談予定が入っており、その会議には他の社員も同席しており、Cと会ったことはない。

(ロ) 海外出張表五の出張に関して、Cが指示された旨述べる点は、Cは昭和六二年一〇月二五日までの間被告人の海外出張に同行しており、そのような急な日程変更の指示を同月二八日に行なうことはありえない。

(ハ) 海外出張表七の出張は、被告人がCに対し、ロサンゼルスに行く場合には、同地在住の映画プロデューサーYと接触するよう指示したことに基づくもので、Cが映画関係等の情報収集を行っていたことを示すものである。また、Cは、帰国後「乙山」にいたB子と電話で帰宅時間の打合わせをした旨述べるが、その会食にB子は同席していなかった。

(ニ) 海外出張表八の出張に関して、Cは、昭和六三年四月四日、社長室で指示を受けた旨述べるが、ロサンゼルス出張は同月二八日であったことから、右のような指示はありえない。また、Cは、海外出張していたB子がコカインを持ち帰った可能性がある旨述べるが、B子が右のような危険きわまりない行為をすることは考えられない。

(ホ) 海外出張表九の出張に関しては、卓上カレンダーの昭和六三年六月一四日欄に「社長打ち合わせ(Spain→LAXの件)」との記載があるから、Cの供述する同月一三日までの指示、ロサンゼルスへの連絡、ロサンゼルス行きの指示と明らかに矛盾する。このことは、右スケジュールを、C自身が組み立て、Dと連絡を取っていたことを意味している。

(ヘ) 海外出張表一一の出張に関して、Cは、ロンドン経由のスペイン、モントリオール、ロサンゼルスと、被告人の出張に完全に同行したものであり、当時の被告人の日程の過密さから、C供述のような指示はありえない。また、Cは、昭和六三年一〇月二五日帰国し、角川書店の会社ビルに赴き、そこで被告人にコカイン等を渡した旨述べるが、被告人は、世界一周の旅から午後五時五〇分に帰国したもので、Cとともに会社に戻ることはありえない。

(ト) 海外出張表一三の出張に関して、Cが指示を受けたとする文壇麻雀大会は、作家等のほかに、多数の社員が参加しており、そのような場所で、被告人が指示することはありえない。また、Cは、平成元年三月二日に帰国し、恵比寿のマンションに届けた旨述べるが、同日、被告人は、告別式に出席後、代議士と会談、会食したので帰宅は遅く、Cと会えるはずはない。

(チ) 海外出張表一四の出張に関して、Cが指示を受けたとする時期から出張申請書提出までに二週間以上の間隔があり、ロケ先の吉野における被告人の映画監督としての心理状態から、指示はありえない。また、Cがコカイン等を届けたとする平成元年五月五日は、恵比寿のマンションに在宅していないので、Cの右訪問はありえない。

(リ) 海外出張表一五の出張に関して、Cが指示を受けた旨述べるホテルは、被告人の部屋が狭く、同行したメンバーが大勢集まる状況であったので、指示ができる状況ではなかった。

(ヌ) 海外出張表一六の出張に関して、Cは、映画「天と地と」のカナダロケの途中でロサンゼルスに行ったものであるが、被告人はロサンゼルス行きの指示はしていない。

(ル) 海外出張表一七の出張に関しては、映画撮影現場で監督を務める被告人のところへ、Cが単独で来たことはない。また、Cは、一一月一〇日、由布院の旅館で、B子に対して、コカインをわいせつビデオテープ五巻とともに、渡した旨述べるが、同テープ五巻をわざわざ出張先まで運んで渡すことは不自然である。

(ヲ)海外出張表一八の出張に関しては、Cが山中湖での映画撮影中に宿泊中のホテルの部屋に単独で来室したことはない。また、Cがコカインを渡したとする平成元年一二月三〇日は映画「天と地と」の最後の撮影日であり、撮影終了後に関係者が打ち上げを行ない、B子も被告人に終始同行したもので、同日届けることはありえない。

(ワ) 海外出張表一九の出張に関して、Cが平成二年一月二九日午後九時に、恵比寿のマンションに電話して指示を受けた旨述べる点は、被告人は、同日、俳句・短歌の新年会に出席し、その後参加者と句会を行ったので、電話に出ることはありえない。

(カ) 海外出張表二〇の出張に関して、Cは、俳句研究賞選考会の初めに写真撮影をして退席しており、同人に指示をすることはありえない。また、Cが社長宅にコカインを届けたとする時間帯には、被告人は、姉の受賞した大宅壮一賞パーティーに出席して不在である。

(ヨ) 海外出張表二一の出張に関して、Cが指示を受けたとする横溝正史賞受賞パーティーは多数の来客があって極めて多忙であり、カメラマンのCが被告人に近寄れる時間はない。

(タ) 海外出張表二二の出張に関して、被告人のニューヨーク出張中にCにロサンゼルス行きを指示をしたことはなく、また、Cは、平成二年八月五日午後一一時三〇分ころに恵比寿マンションにコカインを届けた旨述べるが、このような遅い時間に社長宅に届けることはありえない。

(レ) 海外出張表二四の出張に関して、Cが指示を受けたとする時間帯は、編集会議中であり、Cとのミーティングはない。また、CがB子にコカインを届けた旨述べる時間には、被告人とB子は、名古屋発のひかり二五六号に乗車していたのであり、恵比寿のマンションに居ない。

(ソ) 海外出張表二五の出張に関して、平成三年三月八日に指示されたとしながら、卓上カレンダー同月七日欄にそれが記載されていることはおかしい。また、被告人は、同月八日は行事や会議への出席で多忙であり、それ以前の九日間は日本全国を行脚しており、この行脚中の被告人へのCによる電話連絡も考えられず、被告人からCへの指示は困難である。

(ツ) 海外出張表二八の出張に関して、被告人において同出張の指示をしているところ、この出張に関する卓上カレンダーの関連記載は、信用できないか、コカイン購入に無縁なものであり、また、同出張にCは家族を同伴していることから、被告人の指示によらない行動をCにおいて行っていたというべきである。

(ネ) 海外出張表二九の出張に関して、Cが指示を受けたとする角川文庫読書感想文コンクールの表彰式の会場には関係者が多数列席しており、応対が忙しい場で指示することはありえない。

(ナ) 海外出張表三〇の出張に関して、Cが指示されたことの根拠とする卓上カレンダーの平成四年一一月一六日欄の記載から、三〇分間の被告人とのミーティングがあったと考えられる。しかし、このような長時間の指示は、短時間で済んだとされる指示には不要であり、その供述が信用できないことを示すものである。

(五) 多量のコカインの消費、禁断症状

Cの供述とおりであれば、購入されたコカインは大量であるのに、被告人にはコカイン中毒症状も禁断症状も一切見られない。

2 右の各主張に対する判断

(一) 主張(一)について

Cの買受けコカイン量を二倍にする旨の供述には、その趣旨について弁護人ら指摘のような変遷のあることがうかがわれる。しかしながら、CがDに対して以前の倍の量を頼む旨述べた趣旨は、真実これまでの二倍の量のコカインを購入するということではなく、Cが公判廷で供述するように、同人が、本件密輸入以前の平成五年二月一〇日にコカイン及び大麻をDから購入し、B子方に持参した際、B子から「もう、ハッパ(大麻草)は、あまりいらないわ。」と言われ、本件密輸入がコカインのみの購入になった状態を意識したことによる冗談めいた発言とうかがわれるのである。そして、Cの供述によると、買受け資金は被告人が支出するものの、その購入量、方法、交渉等は全面的にCの判断に任せられていたというのであるから、同人の裁量とも見られる購入量に関する右のような発言が、C固有の取引であるとの疑念を抱かせる不自然不合理なものであるとはいえず、また、前記のようなC供述の変遷が、同人固有の取引であることを隠す意図のもとになされたものとも認められない。

(二) 主張(二)について

前記二2(三一)に記載のとおり、Cは、ロサンゼルス空港で検挙されたことについて、その直後は重大なものと受けとめていたところ、D宅到着後に同人とその話をするうちに、格別の狙い打ち的なものではないとの認識を持つに至り、以後は格別の不安、警戒をせずに行動していたことが認められるのであり、被告人らへ右検挙処分の連絡を取らなかったこと、ロサンゼルス空港で検挙されたにもかかわらず、Dからコカインを購入し、本件密輸入行為に及んだことが、特に不自然不合理とはいえず、右の点が、C供述の信用性に疑問を抱かせるものとはいえない。

(三) 主張(三)について

右主張に関する点について、Cは、当公判廷において、「被告人から受領した一三〇万円中、一〇〇万円が新紙幣の束であり、三〇万円が新紙幣であったかどうかは記憶がない。」、「一三〇万円の中から五〇万円と六〇万円をドルに両替し、残った二〇万円のうち自分が立替分の七万円を控除し、残り一三万円を被告人へのおつりとしたと供述したのは、その受領した金銭のトータルな価値に着目して述べたもので、個々の紙幣の具体的な動きまでを述べたものではない、被告人から受領した金銭のうち新紙幣は、自分が所持していたよれよれ紙幣と替えて極力手元に残すようにしていた。」、「本件密輸入時自分が都合した金二四、五万円をも所持して渡航した。」旨供述しているところ、J子から被告人に渡った二〇〇万円の形状については、右J子の証言を検討しても、それが流通済みの紙幣であったか否かについて、その記憶は曖昧で明確ではなく、Cの右供述の信用性を左右しない。

そして、右C供述のうち、自分が所持していたよれよれの紙幣を取り替えて極力新札を残すようにしていたとの部分は、格別不自然不合理とはいえず、前記Cの供述内容を総合検討しても、Cが番号の連続する新紙幣を所持していたとの事実が、本件密輸入に当たり同人が独自の資金を調達し所持していたことをうかがわせるものとは到底いえない。そして、Cが、本件密輸入事件で現行犯逮捕された際、J子が二〇〇万円を入れて被告人に渡した角川書店経理部の白色封筒を所持していたことは前記第二の一4(五)に認定したとおりである。

(四) 主張(四)について

右主張のうち、(1)において、各明日香宮ないし伊勢の神武参剣道場参拝の際における個別の指示はありえない旨主張する点については、まず、出張地を軽井沢(明日香宮)、出着日を、それぞれ平成三年五月七、八日、同年七月六、七日とする東日本旅客鉄道株式会社軽井沢駅から明日香宮までの各タクシー料金領収証が添付されたC作成の各出張費精算書(甲八一、符四四、このうち平成三年七月六、七日出着日の出張精算書には同月四日付の「明日香宮七夕祭(大祭)参列のため」と記した出張申請書(符一三中の同日付け出張申請書のカーボン複写のもの)がともに綴じられている。)が存し、別紙(二)海外出張一覧表の番号二六、二七の各出張について、Cが明日香宮で被告人から指示を受ける機会のあったことが明らかである。また、昭和六二年ころから、明日香宮に出張していた旨の各出張費精算書ないし出張申請書も存するところである(甲四五、符一一、甲九九、符五七参照)。

そうすると、Cは、昭和六二年から、明日香宮の大祭あるいは月次祭に被告人とともに参加、同行していることが認められるのであり、証人Vが、Cが明日香宮に来たのは平成二年の七月、平成四年五月の各大祭だけである旨供述する点は措信できない。

次に、Cは、昭和六三年一月六、七日、同年三月二十五、六日、同年七月二十三、四日にそれぞれ伊勢行きの出張申請書を、そのころ提出しており、さらにそれぞれ右出張に対応する出張費精算書(甲九九、符五七)にはその出張の際のタクシー乗車の領収証等が添付されていることが認められ、Cが昭和六〇年以降も伊勢に出張していたことは明らかである。昭和六〇年以降Cの姿を見かけなくなった旨の証人W子の公判供述は、その信用性に疑問がある。

そうすると、C供述中、明日香宮ないし伊勢出張の際に個別に指示を受けた旨供述する部分は、右各指示があったとされる場所及び日時に、被告人及びCが居たことに関しては、一部これを裏付ける客観的な証拠があるというべきである。

さらに、右主張(2)の(イ)ないし(ナ)において、弁護人らがるる主張する点については、被告人において、弁護人らの指摘する各行事に参加し、このため多忙であったとしても、Cに対する個別的な指示が客観的、物理的に不可能ないし著しく困難であったとはいえず、前記第二の一1認定のとおりのCと被告人との緊密な関係、ロサンゼルス行きの指示は反復継続したものとなっていた旨の当公判廷でのC供述に照らすと、その指示は極めて短時間かつ簡単なものであってもその意思を十分に伝えられるものと考えられるのであり、これを否定するものとはなりえないものである。

そして、Cからコカイン等薬物を受領する機会がないとする根拠は、一部は社長スケジュール表の記載であり、他の多くは被告人の記憶によるものであるが、スケジュール表自体は変更が伴うものであるばかりか、被告人のスケジュールであって、B子のスケジュールではなく、B子については裏付け資料が存しないことなどからすれば、Cの供述と明確に矛盾するものとはいえない。

(五) 主張(五)について

前記第二の一6及び7で認定したとおり、B子方における押収物の状況、被告人及びB子の各毛髪鑑定の結果によれば、被告人及びB子がコカインを使用していたことは明らかであるが、関係各証拠上、被告人らによるコカインの使用方法、使用量等を明らかにするものは存しない。しかしながら、右の点についての事実関係が解明されなかったとしても、各海外送金の目的がコカイン等の購入であったとするC供述の信用性に疑問を抱かせるものではなく、弁護人ら主張のとおり、仮に被告人にコカイン常用者の禁断症状が出なかったとしても、この一事をもって、C供述の信用性を否定しえないことは明らかである。

(六) なお、弁護人らは、Cが、本件密輸入事件について被告人の関与を認める旨の供述を始めた時期、動機等にその信憑性を高めようとする違法な作為があった旨主張するが、右主張の理由のないことは、前記三1で検討したとおりである。

また、弁護人らは、前記四1(一)ないし(四)に指摘した各事由、Cの交遊関係、生活状況等から、本件密輸入に係るコカイン及び本件各海外出張時におけるコカイン、大麻の購入は、Cと暴力団関係者によってなされた疑いが濃厚であり、被告人とは無関係である旨主張する。Cが暴力団関係者と交際があったことは、同人も当公判廷において認めるところであり、Cが本件密輸入事件で、新東京国際空港において現行犯逮捕された際所持していた物品の中に、暴力団関係者の名前等を記載したメモ及び名刺があったことは差押調書(甲二八〇)、メモ(甲二八八、符一三五)及び名刺六八枚(甲二九一、符一三八)によって明らかであるが、関係各証拠を検討しても、暴力団関係者が本件密輸入や本件各海外出張におけるCのコカイン、大麻の買付けに関与したことをうかがわせる状況は存しない。

第四  本件各業務上横領罪の不成立の主張について

弁護人らは、前記第一の一2で摘示したとおり、被告人は、角川書店の資金を業務上占有していたことはなく、不法領得の意思もない旨主張するので、検討する。

角川書店における被告人の地位については、前記第二の1に認定したとおりであり、被告人は、角川書店の代表取締役として会社経営の最高責任者であったことが明らかである。そして、前記第二の一3に認定したとおり、角川書店における会社資金の海外送金については、経理上の規定はなかったものの、最終的に被告人の決裁を得ることが要求されていたものと認められ、本件各出金伝票についても被告人が決裁印を押していたことが明らかである。弁護人らは、会社資金を業務上占有していたのは、経理部門の責任者であったFであったかのような主張をするが、関係各証拠を検討しても、被告人が会社の企画として立案したものが経理部門で否定されたことはうかがえず、Fが、出金等について規制することがあったとしても、経理、会計処理の観点から適正な処理を求めたものと理解されるのであり、被告人が角川書店の会社資金について業務上占有していたものと認められる。

次に、本件各送金の目的がコカイン、大麻の購入にあったことは、前記のとおりのCの供述及び関係各証拠により認定することができ、これによれば、被告人は、角川書店の業務ないしこれと何ら関連のない事柄につき、自己のためにする趣旨で会社資金を支出したものであり、本件各送金は、いずれも不法領得の意思をもってなされたものというべきである。また、弁護人らの主張するように、被告人が角川書店に対し本件各送金総額を上回る金銭債権を有していたとしても、被告人が、角川書店に対する自己の債権と相殺する意思で本件各送金をしたことや、後日自己の債権をもって本件各送金を精算する意思のあったことをうかがわせる事情は、関係各証拠を検討してもこれを認めることができない。弁護人らの右主張は理由がない。

第五  結論

以上検討したとおり、弁護人らの本件密輸入事件及び本件各業務上横領事件に関する主張はいずれも理由がなく、証拠の標目掲記の関係各証拠を総合すれば、判示第一の事実及び判示第二の各事実はいずれもこれを優に認定することができる。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為のうち、麻薬であるコカインを輸入した点は、平成七年法律第九一号(刑法の一部を改正する法律)附則二条一項本文により、同法による改正前の刑法六〇条(以下「刑法」は改正前のものをいう。)、麻薬及び向精神薬取締法六五条一項一号に、輸入禁制品である麻薬を輸入しようとして遂げなかった点は刑法六〇条、平成六年法律第一一八号(関税定率法等の一部を改正する法律)附則七条により、同法による改正前の関税法一〇九条二項、一項、関税定率法二一条一項一号に、判示第二の各所為は、いずれも刑法六〇条、二五三条に、それぞれ該当するところ、判示第一の麻薬の輸入と輸入禁制品である麻薬の輸入未遂とは一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い麻薬及び向精神薬取締法違反の罪の刑で処断することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役四年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中二四〇日を右刑に算入し、押収してあるコカイン五袋(平成五年押第二五九号の1ないし5)は、判示第一の罪に係るコカインで、被告人が所有するものであるから、麻薬及び向精神薬取締法六九条の三第一項本文によりこれを没収し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

本件は、角川書店の代表取締役として経理、出納等業務全般を統括していた被告人が、その愛人であるB子及び角川書店の社員であったCと共謀して、被告人及びB子が使用するためのコカインを密輸入する目的で、Cをロサンゼルスまで赴かせ、七八グラム余りのコカインを入手させた上これを我が国内に持ち込むとともに、税関を通過しようとしたが、税関職員に発見されて未遂に止まったという麻薬及び向精神薬取締法違反、関税法違反の事案(判示第一の事実)と、右コカイン密輸入行為に先立ち、被告人及びB子が使用するコカイン等薬物購入代金に充てる目的で、Cと共謀の上、会社資金から映画情報収集等の名目で三〇回にわたり、アメリカ合衆国ロサンゼルスに在住するコカイン等薬物の密売人の預金口座に振込送金を行って合計三一〇〇万円余りの会社資金を横領したという業務上横領の各事案(判示第二の各事実)である。

判示第一の犯行については、コカイン等の薬物を用いる者の健康や社会の公益に及ぼす害悪が極めて大きいため、この種薬物犯罪への厳重な取締りが社会の強い要請となっているばかりか、国際的に重要な課題ともなっているものであり、このような物を我が国に密輸入する被告人の行為は厳しい非難を免れない。

しかも、判示第一の犯行は、被告人の指示を受けたCが、ロサンゼルス在住の密売人に予め連絡を取り、コカイン等薬物入手の予定を伝えた上、渡米してこれを入手し、密輸入した後は、B子に連絡してこれを届ける手筈になっていたものであり、その計画性は顕著である。また、各業務上横領行為の犯行態様に関する関係各証拠に照せば、本件密輸入行為は、常習的犯行といわざるを得ない上、本件のコカインの量も多量であることを併せ考えると、被告人の行為は一層強く非難されなければならない。しかも、本件犯行は、被告人が首謀者となり、被告人を尊敬し忠誠心を抱いていた社員のCに指示してこれを行わせたものであって、極めて悪質な犯行である。

判示第二の各犯行は、右のとおり、コカイン等薬物購入の目的で、会社資金から購入代金を振込送金したというものであるが、会社を統轄すべき立場にある代表取締役が自己の権限を濫用して違法な薬物を購入するという犯罪目的のために会社資金を横領してその欲求を満たしたものであり、犯行態様も、その資金捻出のため支出名目を仮装するなど計画的である上、角川書店が我が国有数の総合出版会社とされるほどの規模を持ち、その社会的影響が大きいことも併せ考えると、被告人の判示第二の各行為も厳しく非難されなければならない。

右のように、被告人の犯情は甚だ悪質である上、被告人は、本件各犯行について、そのような事実はなく、Cが自己の利益のために行ったものであるなどと述べ、かつての部下に責任を転嫁しようとする態度を示しており、真摯に反省をしている様子は見られないことなどに照らせば、被告人の刑事責任は重大である。

しかしながら、判示第一のコカイン密輸入の事実については、本件コカインは、幸いにも税関で全て発見押収されたためその使用による実害を生ずるまでに至らなかったこと、判示第二の各業務上横領の事実については、被告人が、いわば私財を投入したことも含め、その個性的で強力な指導力をもって、角川書店の発展に寄与し、他方で会社組織としては未整備のままで、被告人の行動に組織的な規制が働かない中で行われたものであることなど、会社としての監査体制が不十分であったことにより生じた側面がうかがわれること、被告人は、角川書店の経営等を通じて出版活動、文化活動、映画活動等の面において大きな社会的業績を残していること、本件により角川書店代表取締役を辞任するなどの社会的制裁を受けていること、角川書店との債権債務関係は全て清算されていることなど、被告人にとって酌むべき事情もあるので、これら諸般の事情を総合考慮した上、被告人に対し主文掲記の刑を科することとする。

よって、主文のとおり判決する。

(求刑 懲役六年及び押収してあるコカインの没収)

平成八年七月一五日

千葉地方裁判所刑事第一部

裁判長裁判官 吉本徹也 裁判官 小原春夫

裁判官 足立正佳は転補につき署名押印することができない。

裁判長裁判官 吉本徹也

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例